4年近くも間隔があっても日記なのかな、まあいいか。
前回書いたのはいつだったのか見てみたら2022年3月だった。もうじき4年。そんなに?
全然そんな気がしないし、そうと知ったところで、いつの間にか長い時間が過ぎ去っていたことに気づくという経験を積み重ねすぎていて今さら何も感じない。そうなんだな、早いな、と思うだけ。
その間自分は何をしてたのか。自分の中だけの、意識のさらに奥の表現不可能な領域では、それはそれは多くの把握しきれないほどのことが絶えず起こっていたのだろうけど、言葉に変換可能なことはごく少ない。一般常識からすれば何もしてないとも言えるだろうけど、比較的大きな変化を書いてみよう。
2022年の中頃だろうか、精神科主治医が体調不良で休み、他の医師による代診の日があった。そしてその次の通院日も、その次も代診で、結局そのまま主治医が復帰することはなく、毎回違う医師が代理で出てくることを繰り返した。年末ごろに、家から近い医院への転院を勧められた。その主治医がそのクリニックの院長でありメインの医師だったので、おそらくその担当患者全員を他の医師に振り分けると、対応できる数ではなく、減らしたかったのだろう。こちらとしても、主治医が変わるなら病院が変わっても同じことなので、近いところに移るほうが楽になる。2022年12月の通院日に紹介状をもらい、2023年1月から、自宅から電車で一駅の、徒歩でも40分で行けるクリニックに移った。
転院による変化はとくに大きくなかった。以前より良い点もあれば面倒な点もあり、総合的に見てどっちでも大差ない。近くなった分だけプラスかという程度。
2023年2月。過剰な運動不足によって体が、健康に良くないとか考えるレベルではなく、体感としてつらくなってきたので、運動したほうが楽になりそうだと思い、ウォーキングを始めた。最初は家から出ること自体かなりの負担だったし、15分程度で疲弊していたが、毎日続けていたらすぐに体が慣れて、夏頃には40分ぐらい歩いていた。夏だったので、歩くことによる疲労より暑さによる疲労のほうが大きく、秋、冬と気温が下がると、もう1時間ぐらい楽に歩けるようになった。
それまでの自分であれば、そんな習慣は長続きしなかったはずだが、今回のウォーキングは珍しく完全に定着したようで、今でも毎日続けている。その習慣をクリニックではやたら褒め称えられるが、自分では努力して何かを成し遂げた感覚はまったくない。動かないことによる苦痛から逃れようとしているだけで、ただなるべく楽をしたいという基本姿勢は何ら変わっていない。かつては運動することが苦痛だったが、運動しないことのほうが苦痛になり、運動するほうが楽になった。それだけだと思う。結果として、今では2時間や3時間は楽に歩き続けることができる。ただ、毎日2時間も3時間も歩くと、肉体的に余裕があっても、時間が長いことで精神的に疲弊してしまう。だからだいたい1時間前後で終えるのだけど、最近それでは肉体的に物足りなくなり、断続的に走るようになった。走ると足への衝撃による負荷が大きく、息切れするよりもずっと早く足の疲労感によって走れなくなる。まだごく短い距離しか走れない。
ウォーキング習慣のほかには、ごく簡単なストレッチ、スクワット、それぐらいしかしていない。筋トレもしたほうがいいのだけど、有酸素運動とはまったく質の違う独特な辛さに慣れることができず、何度か挑戦しているが継続できない。
ウォーキングを始めてからでももう3年経ったんだな。1年ぐらいで30kg減量したが、そこから急に減らなくなり、ずっと横ばいで未だに変わらない。30kg減ったといえど、最大が125kgぐらいだったのでまだ95kgあり、ウォーキング習慣を3年継続している人には見えないだろう。そんな外見のことなどどうでもよい。大事なのは楽になるという目的だ。それはだいぶ達成されたかもしれない。老化も進むから完全に達成されることはあり得ないけど、以前と比べて体の感覚がだいぶ楽になった。当然それはメンタルにも影響するので、気分的にもたぶん楽になっているのだと思う。メンタルに関しては「以前の状態」をしっかりと想起することがほとんど不可能なので、比較してどちらがどの程度ということは言えない。
ウォーキング開始から2年ぐらいは、体調が良くなっていくことで達成感や満足感を得ていたのだろうか、それ以外のことはほとんど記憶にない。運動するという一点だけを日課として、それを達成した安心感によって、それ以外はより一層怠惰になったような気もする。
2025年の、おそらく4月から5月ごろから、何らかの仕事をしよういう気になり、極めてゆっくりと動き出した。2026年2月現在でまだ実際に働いていないのだからその動きの遅さは計り知れない。前職はだいたい10年と少し働いたのだが、その後10年働いていない。労働日数と休日との比は1:1が限界なのかもしれない。週5フルタイム勤務を長く続けたら、辞めた後で同じぐらいの期間働けなくなる。それは本来は当たり前のことだ。1:1でも働き過ぎだと思う。プライベートよりも労働のほうが人生に占める割合が大きいことが、世の中では当然のように受け入れられている。なぜそんなことに耐えられるのだろうか。まったく信じられない。現状の人間世界では、「勤勉」は「隷従」にほかならず、一方的搾取を助長し喜んで加担する共犯者になっていることに、人はなぜ気づかないのだろうが。
5月ぐらいに一度、最低賃金倉庫作業バイトの面接に行き、不採用になった。まあそんなものだな。そんな仕事でも雇用側は若くて見た目が好ましい者を欲しがる。雇用主の己を省みない高望みの激しさは普遍的で救いようがない。
時折求人情報を見ながら、クラウドソーシングサイトで在宅仕事を始めた。オンラインで指定の作業をして小銭を受け取る。仕事ではあるけど仕事をした実感はない。楽だけど報酬は最低賃金よりも遥かに安い。一例として、請求書のデータ入力をやってるけど、1文字0.1円。1日2~4時間ぐらい週5でしっかりやると月間10万字超ぐらいになるけど、0.1倍だから1万円ぐらい。時給に換算すると200円もない。百数十円ぐらいだろうか。何か専門知識・スキル・経験がなければ、その程度の激安仕事しかない。通勤しなくていいし、誰とも会わなくていいから、それだけで生きていければどんなに安くても問題ないのだけど、たったそれだけのことにもまったく足りない低賃金だ。
その時の神奈川県の最低賃金が1160円とかだったかな。今はまた上がって1225円になっている。最低賃金で1日3時間×週2日とかのごく軽いバイトのほうがはるかに儲かる。実際にはそんなに軽い仕事はほぼない。
仕事しようと思っているけど、1日短時間週少日数でやりたい。そういう仕事はなかなかない上に、どんな仕事でもブランクあり48歳男性を積極的に採用したい雇用主はいない。どこの職場もテレビ馬鹿ドラマ主演女優みたいな高学歴20代女性を欲しがっている。まったく愚かで醜い身の程知らずのクソどもだな。
ウォーキングと在宅仕事と仕事探しという日々がそこからずっと続いている。といっても毎日しっかりやっているのはウォーキングだけで、在宅仕事はコストパフォーマンスで考えるとやればやるほど損だから、仕事をする感覚に慣れて維持する程度にとどめて、求人情報は毎日見ても変化がないからたまにしか見ない。
先週はハローワークにも行ってきた。一般的な求人情報は詐欺にしか見えず、ハローワーク経由の求人のほうがだいぶましに見えたのだけど、あまり期待はできないだろう。
理想としては1日4時間×週2~3日で十分なのだが、実際はもっと重い仕事しかないだろうな。障害者雇用についても多少調べたが、障害者雇用はほぼフルタイムだし、書類選考があったりとか履歴書のみならず職務経歴書を要求したりなど、どういうわけか一般求人よりも障害者雇用のほうが、採用も職務内容もハードルが高い。馬鹿か?
結局いくら求職活動をしても採用されない可能性は十分ある。その時は生活保護しかない。
働きたいなどとは夢にも思わないが、少し働いて収入を得たほうが人生の幅が広がるのでそのほうが望ましい。人生の過半数を労働に奪われるなど絶対にお断りだが、ゼロ収入だとそれはそれでつまらない。要するに金さえあればいいのだが、その手段はあまりにも限定されている。
これまでの経過はそんなところだな。
何も思い通りには行動できない。何も予定通りに遂行できない。このまま何もできずに一生が終わるのではないか。だがそれで何が悪いのかとも思う。なぜ何かをしなければならない?
いつも思うのだが、生きるために努力しなければならない世界などクソだ。なぜがんばらなきゃいけないんだ。なぜ努力がんばりを礼賛し、努力しないことは悪だと思っているのか。なぜ利用されていることがわからないのか。
誰もがとくにがんばらなくてもそれなりに生きていけるほうがいいに決まっている。そういう社会のほうが、がんばる人もその努力の積み重ねがより輝く。
生きるだけで努力を要する社会では努力は搾取されるもので、がんばる人ほど多く奪われ負担が増す。その理由を考えようとせず、がんばらない人を憎みさげすんで八つ当たりする。馬鹿の世界だ。
努力が必要な社会は努力の価値を損壊する。
2026年になってるよ!
久しぶりすぎるよね。2人ともこのブログの存在忘れてなかった?私はだいたい忘れていたよ。
なんか日記とか書きたいなって思って、新しく始めようとしたんだよね。1人でこっそりやるのもいいけど、ここがあったので今書いてみてる。
今月初めに49歳になった。45過ぎたくらいから1年はますます早くなり、老化もスピードアップしてきた。更年期だし白髪もシミも皺もがんがん来るし、笑っちゃうくらいだよ。今のところは年取ってうれしいとは思えないね。更年期が終わったら楽になれるのかもしれない。
家族や友達に会いたい会いたいと思いつつ、アメリカ生活5年か。だいたいだらだらしていたかもしれない。夫は一生懸命働いていたのにね。だから明日からは私が働きに出るよ。今回もなんとか歩いて行けるところを見つけたし。掃除の仕事って日本だとシニア向けって感じだよね。こっちはそうでもないかも。移民向けかもしれんけど。
無駄に緊張してるんだけど、誰でもできることだからね、安心しろって自分に言ってやりたい。やっぱり自分には「良い仕事」に就くのは不可能だと思う。死ぬまでヒイヒイ言ってるんだろうな!でも死ぬまでだからね、おそらく大したことないだろう。
今でも親との関係をいろいろ思い返すんだけど、私はネグレクトされてたんだね。母は私のこと好きだと思うけど、どうしていいかわからなかったのと、もしかしたら、産んでみたものの、そこまで子育てに興味を持てなかったのかもしれない。だから母親に教わったことってなんだろうと考えても、どうも何も思いつかないんだよね。
でもこんなことも、もうしょうがないから。人生半分以上過ぎたし、諦めも肝心だね。
これで暗くならないようにするよ。
なんとかなる&しょうがない&なんてことない
って感じだね。なんか苦労しかしてないようだけど、別にそういうわけでもなかったかな。自分が住んでみたいと思った場所に引っ越してるしね。夫と猫にも会えたしね。
世界中が大変なことになってるせいか、静かで平凡な暮らしが一番いいんだろうねって思えてくるけど、それはそれで退屈しちゃうかもなあ。だから全部これでいいんだと思うことにする。
相変わらずまとまりのない日記になったけど、2人も穏やかに過ごせていることを願うよ!また気が向いたら交換日記しようね。よろしく。
安定
とても久しぶりになってしまい申し訳ない。前回は2020年12月4日か。1年と3か月ぐらいかな。この間何をしていたのだろうと思って2021年の日記を読み返してみたのだけど、前のほうには考えたことばかりが大量に記されていて何をしていたのかがほぼ書かれていない。後半は考えたことも書いてない。
年始ごろは精神的に安定せず苦しんでいたように見える。
今は精神状態はだいぶ落ち着いてる。薬はもう血液検査でチェックされるものだけにしてそれ以外は全部やめた。最初は薬が必要だったのだろうけど、その後はむしろ薬のせいで苦しんでいたような気がする。
振り返ってみると、ずいぶん楽になったようだね。だけど、あんまり考えなくなった。
ツイートが減ったのは、言わずにいられなかった状態から、言う必要がなくなってきたのかな。
ほとんど何もしない1年だった。NETFLIXとかを膨大な時間観てただけの印象。落ち着いたのはよかったけど、何ら進歩がないね。
日記を読み返すことにかなり時間がかかったけど、過ぎ去った日々を認識したうえで、言うほどのことはあんまりない・・・
回復の1年だったのだと思えばまあいいか。今年はなんか新しいこと始めたいなあ。
書くこと少なくて悪いね。何かあったらまた書くよ。
おーい
また久しぶりになってしまった。
おふたりはお元気?まあペロちゃんはよくツイートを見るけど、みーさんは最近あまりつぶやかないね。何か心境の変化があったのかな。
もしよかったら聞かせてね。
ペロちゃんは、もう少しで出産だね。どきどきしちゃうと思うけど、きっと大丈夫だね。またなんか送るね。
私は最近やっとバイトにも慣れてきて、楽しいと思える瞬間も出てきたのはよかった。今は、引っ越すとしたら辞めないといけないから、それはうれしいんだけど、辞めるって言うのやだなとか、またそういうくだらないことを思うことがある。
仕事以外だと、今我々はなんだか大変な時代を生きているかもしれないから、生きるとはとか、何をやっていけば調子いいのかとか、一人でも生き延びる力がほしいとか別に死ぬだけだしとか、そうだよね、死ぬまで生きるんだとか考える。
まあだいたい大麻を吸うとそうなる。
音楽は今更な感じだけど(関係ないけど)LOVE PSYCHEDELICOにハマっていて、今もヘッドフォンで聴いてる。ヘッドフォンもハマってる。でも時々ふと音に疲れて止めると急に静かになってどっと疲れを感じたりもする。
そうだ、ずっとわりと無気力だったんだけど、今またデザインに集中する時間が増えた。今減薬してる抗うつ剤のおかげだったら笑えるけど、たぶん違うと思う。
そういう感じでごちゃごちゃと考え事してる。
anti
おはよう諸君
日本出てからは2ヶ月以上、ここに住み始めてからは1ヶ月半くらい?
少しずつ慣れてきたかも。でもまだ1人で行動するのはびびりまくってる。
一日中英語がほとんどなのは、まあ今までと変わらないっちゃ変わらないんだが、それは家の中の話で、やっぱり外に出たら「外人」ばっかりだし。今は自分が外人なのに。
スーパーの買い物程度ですごく怯える自分がよくわからないけど。
なんか聞かれて理解できなかったらどうしようってだけなんだが、まあね、それはしょうがないっていうか、でもスーパーだしそんなにめんどくさい話になるわけないんだよね。
ツイートも前にしたけど、日本人の友達できたと思ったら連絡途絶えちゃったし。失礼なやつだよね。そんなにこわかったかな私。
小さい子供がいるし、よけいにおそろしくなっちゃったんだろうか、とかいろいろ考えたわ。自分らだって酒飲むくせに、なんつって。ここでは草は合法なんだから、郷に入ってはだよ。落ち着けよ、まさにChill outだよ。まあいいけど。
いいんだけど、思い出す度に少し悲しい。
そんなわけでまだ日本語話す友達ができないけど、昨日ふと、最近は以前より人間らしい生活してる気がした。些細なことなんだが、家事が苦にならないとか、風呂によく入るとか、そんな程度なんだけど。前はいろんなことがどうでもよかったから、ちょっと嬉しいなと思った。
本当はやるべきことがたくさんあるから、それを考えてると頭がいっぱいになっちゃうんだけど、瞑想だよね、そうだ瞑想しなきゃ。
あと今日はなんと、読書にも再挑戦しようかなとか思ってる(気が向いたら)。夫の親友が、自分の好きな小説の日本語訳をくれたんだよね、いいやつじゃない?
だから私はまだ大丈夫みたい。
でも早く2人に会いたい。
anti
梅雨入りしましたね
やあやあ、蒸し暑いけどなんとかやってます。
働き始めて二週間、七回出勤した。今のところ順調です。というかね、お店の雰囲気がとてもいいところだったね。びっくりした。飲食業ながいけど、こういうお店少ない。スタッフが仲が良くてチームワークがあるという稀有なお店で働けることになりました。
これから嫌なこともあるかも知んないけど、とりあえず楽しめるうちは働くよ。
最近朝のコーヒーと瞑想が心地いいんだよね。
猫を飼ってからすごく早起きするようになった。朝が好きになったのかな。
健康的だよね。
あと気持ちに余裕が持てる気がする。なんとなく。でも、なんとなくの感覚って大事だと思うから朝を大切にしてる。
アンちゃんとコミュニケーション取りやすい時間帯でもあるしね!
猫が可愛い。
とにかくかわいい。
目の中に入れたら痛いのは絶対なんだけど、許してしまうと思う。
腕は既に傷だらけの天使です
こんなところかな
では
ぺろ
短い日記
もうすぐ2月も終わりだね。はやい。
年々時の経つのが早くなるように感じるよね。
今日は久しぶりに7歳から友達のMちゃんに会うんだ。しばらく会えないからね。
今でも会うのはこの子だけだね。まあそうなるよね。
中学は1人だけ今でもたまに連絡取る人がいて、高校はもうほぼなんもない。
高校の時仲良かった数人とLINEのグループを持っているけど、私がなにか言わなきゃ誰もなんもないんだ。
わかるけどね。当時は楽しかったけど、多分元々全然違うタイプの人間なんだろうな私は。多少浮いてたし。
あと周りはみんな結婚して子ども産んでるからね。子どもも一緒に遊べる家庭はあまりない。
しかし今から出かけるっていうのになぜこれを書いているのかというと…わからない。
急に思い立った。
あと1ヶ月でここにあるものを全て処分したりまとめたりしないとだ。
日本を出るのは2度目なので荷物が少なくてよかったよ。
まだ実感がわかなくて毎日不思議な気分で過ごしている。
2人には来月と再来月また会えるかな。会いたいね。
引っ越しても連絡取ってくれたらありがたい。
anti